■柏原池の美少女 昔々、竜神山の竜が、美しい娘になって月の美しい晩に、柏原池の畔に現れて散歩することを常としていた。このことは、いつしか府中の町の若者の間で評判になり、どれくらい美しいのかこの目で確かめたいという話でもちきりだった。 ある月の澄んだ静かな秋の夜であった。噂どおりの美少女が姿をあらわした。その周囲は墨絵のように美しく松林は大小さまざまのコントラストを描いていた。さらに、鏡のような池の面、千草にすだく音、こうした美しい環境にうっとりしている美少女の前に、いつの間にか、スーッと夢幻のように姿を現したのは一管の笛をたずさえた城中の若侍だった。二人はいつしかぴたりと寄り添って、愛を語らいながら散歩するさまが、鏡のような池の面にうつり、その美しさはなんと形容したらよいかわからないほどだった。 しばらくして、若侍は、二人の恋が天心へも届けよと喨々とさえ渡る笛の音は聞く者に、夜のふけるのも忘れさせるくらいであった。このように美しい、城中の若侍と美少女の恋物語を柏原池は知るや知らずや。非情にも、翌朝、若侍は、水の面に死体となって冷たくなっていた。 あまりにも美しい、城中の若侍の顔を見た里人たちは「かわいそうに」「それにしても、死ぬには、早すぎたなあ」「これからの侍なのに・・・」等々、みな、あきらめきれないという表情で死体をみつめ涙を流した。里人たちは、これを憐れみ、ねんごろに葬り、池畔に一祠を建てた。今の弁天様はそれである。 若侍の死後、美少女の竜は、ありし日の美しい思い出の地が悲しい場所に変わってしまったので、この池畔に姿を現さなくなった。このような恋物語を秘めている弁天様の廻りを、息つかず足けんして、三べん廻ると竜が出てくると言い伝えられている。 石岡の昔ばなし 仲田安夫著 ふるさと文庫 (1979年)
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