▼柏原池公園▼ 石岡市国府立6-2-3

歴史の里石岡ロマン紀行


 柏原池公園(柏原公園)は、春は桜が美しく、池にはアヒルや鴨、コクチョウなどの鳥やハスの花が咲いている綺麗な公園である。春は桜が綺麗な公園としても知られている。柏原池は古くからあったようで、竜神山とともに多くの伝説も残されています。

昭和20〜30年代、今の工業団地周辺の住宅地近くは雑木林や小松林が多くウメバチソウやフデリンドウ、センブリ、リンドウ、桔梗などがみられた。周辺の雨水の流れは南側が柏原の池へまた、北側への流れは今の柏原公園の北側に数年前まであったミズヤの池と呼ばれた池へ注がれていた。この池の水は冷たくこの池の下方でまた、別の水路と合流し園部川へ流れていた。数年前この池はなくなった。
 
池は現在より大きく龍神山近くからくる水路が注いでいた。湿地帯にはアマナやシラタマホシクサなどが茂り、池の水は山王川へ注いでいる。

池の回りを一周600mのジョギングロードが造られている。足への負担が少なく歩きやすい道である。私も時々早朝に5周3kmを30分程ウォーキングを楽しんでいる。

公園内のモヤイ像から竜神山を望む

 

モヤイ像

モヤイ像は、イースター島につたわるモアイ像と同じように東京都の新島に伝わる像である。この像2体が石岡市に1984年寄贈されたものである。昭和50年代に日本の各地に寄贈されており、男女2体で一対としており、協調を表す(力を合せる、共同作業をする)意味がこめられている。東京渋谷駅や蒲田駅にもあるとのこと。石岡市では2000年に地震が続いていた新島にお礼に募金活動で200万円以上を市民グループが集めて寄付をし、新島との交流も続いている。

現地石板案内内容(下記)

この像は東京都新島本村より石岡市が篤志寄贈を受けて、ここに建立したものである。新島には古くからモヤイと呼ぶ美しい慣習があった。それは島民が互に力を合せる時にかけ合う、いわば協調の意識から生まれた素朴な人々のいとも優しく又力強い協調の心根をあらわしたものであった。モヤイ像はこのような麗しい島民の伝統とロマンを秘めたあこがれの言葉であり、そしてこの像はそれを表徴する島の美しい芸術として、観る人の心に深い感動を呼ぶに至った。かってはわれわれの古里にも、この言葉が使われていたことを、古い追憶の中になつかしまれるのであるが、いまそれが消えて聞かれなくなった世代の中で、この古くて新しい道しるべを再発見したことを喜びながら、心豊かな街づくりのために力を合せたいと願うのである。

昭和59年6月吉日 石岡市長 鈴木堅太郎

 

にはヒルムシロの類が多かった。また池の水は山王川へ注いでいる。