▼二十三夜尊▼ 石岡市若宮一丁目5番

歴史の里石岡ロマン紀行


 石岡も街なかを離れると、各所の路傍に二十三夜尊の石碑をよく見かけるが、この街なかにお宮を設けているのは珍しい。若宮八幡宮へ向かう道の途中右側、青木稲荷神社の少し先にある。数年前まで仲の湯という銭湯が神社の右側にあり、県内でも最後まで頑張っていたようだが、今は電柱に案内板が残っているだけである。

 本堂

 

 

 二十三夜尊(常陸大掾氏歴史コースA)

 かって、樹齢五百年を越える大銀杏があった。守木町金刀比羅神社と共にお盛りがあり、縁日には夜店なども出て賑わった。三日月さまなら、宵にチラリとであるが、二十三夜の月は、午後10時過ぎから11時ころが見ごろである。その月の出を待ち拝むべく、家族で集まることを三夜待ち又は三夜講という。月の23日に町内で集まり神を祀り、飲食雑談して月の出を待つ。特に11月23日は、霜月三夜と呼ばれ、大師講の日に当たり重要視されている。ご本尊は、大乗仏教の代表的な勢至菩薩。サンスクリット語で偉大な勢力を得た者といい、観世音菩薩と共に、阿弥陀仏の脇にしたがうもの(脇侍)とされる。

大掾氏との関わり

 「府中雑記」に「民家の裏手に二十三夜といって勢至菩薩の小さな金仏尼寺ヶ原より掘り出せる也」とあり、大掾氏の時代と関係が推察される。

      平成21年2月 石岡市教育委員会

 大銀杏の切り株(樹齢500年以上):数年前まで10m程上まで残っていた。銀杏の葉も見られたが、今はこのような姿になってしまった。

 昔はこの入口部に出店も出たようだが、今は小さなテントが1つのみ。また本堂の左手にはお札を売っていた小屋がある。銭湯とともに止めてしまったのだろうか?