石岡市から笠間へ抜ける通称笠間街道(県道355号)の小美玉市(旧美野里町)との市境を流れる園部川で1180年に事件はおきた。今から800年以上前の事件である。源頼朝が挙兵し、関東を制圧する流れの中での権力争いが事件の発端である。常陸国は平氏・源氏と色を染めるにはお互いの氏族が絡まっており、歴史に翻弄されてきたとも言える。この事件を足がかりに頼朝は関東から京に進出し、鎌倉幕府を築くことになるのである。 (撮影:2007年10月)
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首塚の東(写真右)には旧大矢橋を残してある。数年前に新しい橋に架け替えられたが、橋とその前後の道路を通行止めにして保存している。当時の状況を考えるのにはあまりにもひっそりと祠が祭られており、すぐ左に新しい橋と道路ができて、車からもここに史跡があることもほとんど見過ごしてしまうような位置である。近くに車を停めて漸くその位置が分かった。歴史の流れが大きくゆったりと時を刻んできたとの思いが強くなった。
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