清涼寺の古狢(ムジナ)の話
今から、およそ100年ほど前、この清涼寺には一匹の古狢がすんでいたという話がある。その頃の同寺は、境内に大杉や大樫、欅、銀杏がうっそうと繁り、本堂北側一面は大竹薮であったという。この竹薮の中に小さな池があり、その池の側には穴があって古狢の巣になっていた。その古狢は、夜になると大杉に登っては、お月様に化けたり、また、あるときは通行人に砂をかけたりなどいたずらをしていた。この境内の南側には長屋があり、そこに、大変、鴉(カラス)の鳴きまねが上手なために、だれも本名では呼ばず「鴉の長さん」と呼ぶ正直者が住んでいた。ある晩のこと、その長さんの雨戸をトントンと叩く者がある。耳を澄まして聞くと「鴉の長さん、啼いてみな。鴉の鳴声やってみな」としきりに叩く。長さんは「はてな」と、不審に思い雨戸をあけたが、表には人の姿が見当たらない。おかしいな。たしかに呼ばれたはずなのにと、境内のあちこちをさがしてみても、それらしい人の姿を見つけ出すことはできなかった。ふと、空を見上げてみると、ただ、大空には、夜ふけの月が笑っているばかりであった。 (右へ続く) |
翌日になり、今夜からは、作晩のような不思議なことは起こらないないだろうと思っていた。ところが、その翌晩も、つぎの晩も、トントンと叩くので、そのしつこさに、あきれてしまった。し、今度は、戦法をかえて、いっそのこと、いくら叩いても黙っていようと心に決めた。すると、返事がないのでおもしろくないせいか、いつしか、そのまま帰ってしまうようになった。それから何日かたったある日、近所の若者や子供たちが集まって、狢を退治する方法について知恵を出し合い、とうがらしでいぶしをかけて狢退治をすることになった。若者たちは池の側へ集まり穴へいぶしをかけて「古狢奴!ござんなれ」とてぐすね引いて今か今かと、狢が穴からいぶしだされるのを待ち構えていた。すると、本堂の方から古狢でなく、急に大声で怒鳴る声がきこえた。その方へかけ寄ってみると、こわい顔の方丈さん(住職)が「こら!、お前たちなにをするか、本堂が煙でいっぱいじゃ。涙とくさみがでてかなわんのじゃ」その恐ろしい見幕にみな驚いて後もみずに一目散に逃げ去った。それ以来、どうしたわけか狢はなにごともせず姿をみせなくなった。きっと、あの本堂の方丈さんこそ、退散する狢の最後の化け姿ではなかったのか、今でも語り草となっている。
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