▼曜光山月山寺(ようこうざんがっさんじ)茨城県桜川市西小塙1677 

歴史の里ロマン紀行(桜川編)>


月山寺は平安時代初期の延暦15年(796年)に徳一法師が橋本山の麓に法相宗の寺として創建され、大治2年(1127年)橋本城主谷中将国が菩提寺として保護された。永亨2年(1430年)に天台宗に改宗された。関ヶ原合戦の時に東軍戦勝祈念があり、勝利の功により、三十八世恵賢上人の時に現在地に移転(朱印地)した。正式には曜光山見星悟道院月山寺という。本尊は薬師如来で、行基菩薩の作といわれる。また江戸時代から、この寺は関東檀林の中心であり、学問と修行の場となってきた。今も天台宗僧侶の多くの門徒が寝泊まりし修行に励んでいる。

地元稲田御影石を使った石垣は昭和60年改修されたもの。寺の改修にあたっては住職が1億円、檀家衆などから浄財四億円ほどが集まり、大改修が行われたとのこと。古くは寛永3年(1626年)に寺院が焼失したが、当時の笠間藩主浅野長重(浅野家は、後に赤穂へ国替(1645年)となり、1703年1月の赤穂浪士の話はあまりにも有名である)の援助により再建されたという。


 

山門は、この寺が創建されたふる里の山(橋本山:羽黒山駅の向こう側)を向いて立っている。山門を入る時は合掌・一礼して入りましょう。この山門は幕末に建設された一夜門という。笠間藩の殿様から寺のケヤキを城へ献上せよとのお達しがあったが、当時の住職がこれをきらって一夜のうちに山門を建てさせたのだとか。当時の格式は月山寺は格式10万石を与えられており、当時越後長岡の牧野家の分家でもあった笠間藩は8万石であったので、月山寺の方が格上であったのである。

山門を入ったすぐ左側に池がありその手前に手水舎があり何匹かの亀の置物が置いてあります。この水は八溝山のきれいな水が流れてきているといわれ、この水で亀に水を掛けると長生きが出来るとのこと。

本堂(江戸時代初期1680年の建設)、書院につながる庭は、石を敷いた枯山水でできている

 

 

庭園はなかなかの名園であり、カエデなど紅葉の時は特にきれいだとのこと。

枯山水の庭は京都の寺を模して作られているようだ。本堂の裏には金閣寺を模した庭園があるという。

名園であり、紅葉本堂前の五葉松は樹齢700年程という

布袋堂、布袋尊が祀られて七福神の寺にもなっている。常陸七福神とはその他に真延寺(土浦)七福神、笠間稲荷の大国天、筑波山神社の恵比寿、逢善寺(稲敷)の弁財天、西光院の毘沙門天、長勝寺(潮来)の福禄寿、西蓮寺(行方)の寿老人をいう。

千手観音堂は高台に建っている。1632年に栃木県二宮町の長栄寺に建立されたもので平成10年にこの地に移築された。中国式の寺院様式でとても大きな建物であるが、昔の寺のイメージとはかなり違ってきているようにも思う。

 

 

 

常陸西国三十三札所巡りの寺(結願寺)でもあります。

観音堂と並んで高台に建つ、鐘楼堂(晩鐘)

 

東国花の寺百ヶ寺(五十五番)でもある

美術館(昭和63年開館)をもっている寺は少ない。2階に寺の家宝(網代笈:弁慶の所持品と伝えられる、紺色金泥法華経八巻、蓬莱山文呉須大皿、薬師如来像等)を展示し、1階には地元の方から預かった絵(榎戸庄衛、永瀬義郎)を展示している。寺の改築時に7000万円程を費やして建設されたという。(入館料:大人300円)